写真アフォリズム024「人は仮の自分を借り存在させている」

野生動物にあるのは、

生と死のみ。

あるのは「今」のみ。
 
過去も未来も、上も下も、前も後ろも、比較するものは何もない。あるのは「今」だけ。それが自然。
 
現代人は、
「ありもしない未来に」、
「仮の自分」を、
「仮存在」させているのではないか。
 
他の世界を観察することは「自分の世界」を見つめることであり「時間」を見ることでもある。
 
世界と時間は、
「今」、
「自分」が、
「存在」しているからこそあるものなのではないだろうか。

 

 

https://travelfreak.jp/ws-beginner/index.html

宇宙の謎48✕科学の謎99を読んで。

ざっと読んだ所によると結局宇宙や科学のことはほとんどがまだ解明されてないみたいですね(笑)。

それならそうと「ほとんどのことはわかっていない」と表紙に書いておいてくれればいいのに…。

…と思って本を閉じたら表紙にデカデカと書いてあった(笑)。
「謎」って(笑)。

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地球内知的生物【宇宙には、だれかいますか】ギターをジャラン。

【宇宙には、だれかいますか】という本を読んだ。
18人の科学者へ同じ質問をぶつけて比較した一冊。
 
表紙のイメージからもっとドリーミーな夢のある話かと思っていたのだが、意外と科学者はまじめ(当たり前か笑)。
 
「宇宙人(地球外知的生命体)を見つけたらどんなアクションをするか」という質問なんていうのがあった。
 
宇宙人を見つけたらちゃんとした報告する段取りなんていう決まりがあったりする(笑)。みんなもそのときに備えて覚えておいたほうがいい。
 
その中の一つに「勝手にコンタクトを取ってはいけない」なんていうのもあったりして(笑)。
 
この本の内容を芸術家とかミュージシャンとかアーティストに同じ質問をぶつけたら面白いだろうな。
 
僕の考えは、微生物的な生物はいると思う。ただ人間のような形をした地球外知的生命となるとどうかなと思う。引っかかるのは知的という部分ね。
 
その観点から言うと今の人間が知的とは思えないので、宇宙人側から見るとかなり野蛮な生物に見えるのだろうな。
 
それと地球外知的生命が人間的な考え方をしているかどうかと言われると全く違うような気もする。
 
こんにちはとか、笑顔とか、愛とかそういう次元じゃないような。だからこっちの笑顔とか愛情とか優しさとかそういうのは通用しないのではないかな。
 
彼らなりの生き方があるだろうし、進化の差が10億年とかあったら絶対に違うよね(笑)。同じわけがない。
 
 ◇
 
他の質問で面白いなと思ったのは、「生命とは何か」という質問に対する答。
 
多くの科学者が「わからない」、「定義が難しい」、またはそれに似たような答えだった。
 
地球外に人工知能みたいなもので生きているロボットのようなものが社会を営んでいたらそれは生物なのかということが書かれていた。
 
なるほど!確かにと思った。
それを生きているというのか?
つまり生物と呼ぶのか?
 
今の段階では生物とは何かさえわからないのに、地球外知的生物を探しているというわけのわからなさ(笑)。
 
でもさ、やっぱり思うんだけど、
「これってCっていうコードなんだよ」
ジャラーンってギター弾いて、
「え、それいいね。僕たちにも教えて」
「いいよ、これは僕たちの星では音楽っていうんだよ」
みたいなのがいいよね。
 
それが人間っていう地球内知的生物なんじゃないのかな。

 

 

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写真アフォリズム023「過去のその時の今の私」

「なぜ私は私なのか」
 
写真があれば、私は、私の世界は、消滅しないのではないか。

写真は私を証明できる道具なのではないだろうか。

私はいなくても「過去のその時の今の私」はそれを見た今に存在している。

「なぜ私は私なのか」は私の中に写ってる。